鴛鴦呼蝉庵日乗

2001.8.28 子どもの頃の音楽の記憶
   時折、不思議なくらい頭の中を一つの曲がめぐります。私の場合は歌が多く、歌のない曲というのはほとんどありません。そして、その頭の中に、その歌のフレーズがなんども、なんども繰り返されるのです。学会発表などで、発表する直前や、掃除、風呂に入っている時に、繰り返される歌があります。その歌はそのときどきによって違い、一度頭の中で響いた曲は、しばらく響かないのです。それは繰り返して、繰り返して、落ち着いたからかもしれません。
 昔聞いた音楽のフレーズが忘れられずに今に至ることが私にはよくあるのです。それも、曲名も歌手名も分からないままで、頭に響きます。歌い出しか、さびの部分は記憶しているのですが、例のJASRACの著作権の関係でここに表示できません。(笑)
 小学生の頃、ラジオをよく聞いていました。「あのねのね」のオールナイトニッポンの頃です。私はパックインミュージックを聞いていました。吉田拓郎のつま恋のコンサートもラジオで聞きました。あの伝説の台詞「朝までやるぞ」は新鮮なことばで、リハーサルで声を枯らして、がらがら声の吉田拓郎の「春だったんだね」は聞きづらいものでしたが、それでも、何か不思議な興奮がありました。特に吉田拓郎が好きだと言うことではないのです。その当時に長時間コンサートをするという行為が私には新鮮だったのです。 その頃は、ゲルマニウムラジオのセットがあって、それも作りましたが、それよりも、電池式の組み立て式のラジオを買って、半田付けをして使っていました。このラジオは、かなりの年月使用していて、13年前ぐらいについに故障して、廃棄することになりました。
 そのラジオ番組で、「コッキーポップ」というものがありました。後にテレビで放送もされたと思います。このラジオの「コーッキーポップ」は聴き始めの頃はDJがカルメンで、その後に大石吾郎になったと記憶しています。「コッキーポップ」は私の音楽の原点だったかもしれません。それは、ヤマハの「ポピュラーソングコンテスト」の曲を放送していたからでしょう。各地からそれぞれ実力のある歌手が「ポプコン」に集まっていたからです。たしか、渡辺真智子が当時はPIAという名前で「オルゴールの...」何とかいう曲で出場していたのを記憶しています。
 ポプコンの第7回で入賞した曲で、「待ちわびて」という曲がありました。その歌の出だしとさびの部分を今でも記憶しています。声も澄んでいてきれいでした。私の頭の中では「中条みゆき」という名前で記憶していました。もちろん、そんな人はいません。谷山浩子や下成佐登子、「夕暮れ時はさびしそう」のNSP、「マイ・ソング」の浜田良美、「白いページの中に」の柴田まゆみ、「ミスター・ロンサム」の柴田容子などはしっかり名前を記憶しているのに、この「待ちわびて」を歌った女性の名前は確かな記憶がなかったのです。
 それから30年ほどたちました。私の記憶の違いが明らかになったのです。新聞広告に「コッキーポップ」のCDセット販売の広告が出ていました。私は、なつかしいと同時に、これまで探そうとしなかったこと、つまり自分の記憶をそのままにしていおいたことで、それでよかったこととの比較をし微妙な感覚に襲われました。曲目リストを見ると、それこそ懐かしい曲ばかりです。そうそう、こんな曲もあったなぁ、と時間を忘れて、その広告を眺めていました。
 その時です。「待ちわびて」の曲名が目に入りました。そして曲の横に歌手名があったのです。中沢京子。「中条みゆき」とは、中島みゆきと混同していたのでしょう。中沢京子さんは、現在ではどうしているのかわかりませんが、いままで歌のみがリフレインしていた曲にやっと歌手と一体化したのです。
 ちょっと前のテレビ番組の「ナイトスクープ」にも、「コッキーポップ」に出ていた歌手を捜すというのがありました。あの番組を見たときには、私も、探したくなったのですが、それも一時のこと。実際には探そうと意欲は強くなかったのです。それは、歌手がだれということよりも、自分の頭の中で、繰り返される「待ちわびて」が、私にとっての「待ちわびて」だったのです。自分の中にある曲自体がすでに私の「待ちわびて」という曲なのかもしれません。
 昔の記憶、それがはっきりするといがいともろいものですが、それでも、自分を作り上げた原点である所のもの、それを探したかったのです。
 まだ、CDは買うのをためらっています。自分の中にある曲と、現実の曲との差が出たら困惑することを恐れているからかもしれません。自分が記憶している歌詞は実際の曲とはもしかしたら、違っているかもしれません。でも、私の中にある「待ちわびて」、それは記憶とそして、懐かしい思い出と一体化したものであって、歌詞の勘違いがあっても、それでも、私の中の「待ちわびて」があるのです。その歌を、曲をリフレインを楽しむ、今でも引きずっている原体験がそこにあったのかもしれません。

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