国語教育におけるキーワードとしての「言語生活」 [発表要旨]

第九六回全国大学国語教育学会 自由研究発表 第二日 第三会場(G304) 1999(平成11)年8月3日(火) 筑波大学学校教育部

1999.7.5
黒川 孝広


国語教育におけるキーワードとしての「言語生活」

黒川 孝広  

キーワード:言語生活、国語生活、大正自由教育

1研究の目的

1.1 研究の目的

 本研究の目的は、国語教育において、「言語生活」の語がキーワードとしてどのように使われ、そこにどのような意識があるのかを調査することによって、国語教育における「言語生活」の理論と体系を構築することにある。
 そのために、まず国語教育において「言語生活」がどのような概念のキーワードとして使われていたかを史的に調査する必要があり、本発表では時期を限定して取り上げて報告する。

1.2 先行研究

 国語教育における「言語生活」の先行研究は、これまで西尾実や時枝誠記が中心であった。西尾実・時枝誠記以前の「言語生活」の概念がどのようであったかの先行研究は見あたらない。
 また、当の西尾実は「言語生活」の語の使用について、広く行われたのは、戦後のことであり、教育の上で要求されたのは、昭和初年からと指摘する。(1)
 松村明も国語教育で「言語生活」の意味が広く使われたのは戦後としつつ、「言語生活」の語自体は戦前からも使用されていたと指摘する。(2)
 これらから、国語教育においては、「言語生活」の概念は戦前にもあったことがわかる。しかし、戦前での「言語生活」の概念の研究は、主に西尾実、山口喜一郎、金田一京助が中心であった。西尾実が指摘する教育上の要求は西尾実のみでなく、一般と考えられるのであり、西尾実以外でも「言語生活」の概念がどこかの文献にあると考えられる。しかしながら、この点についての先行研究は見あたらない。

1.3 本発表の範囲

 そこで、本発表では大正から昭和初年にかけて、大正自由教育での教育者を中心に、「言語生活」と「国語生活」のキーワードがどのような意識をもって概念規定されていたのかを調査することより、国語教育全体における「言語生活」の概念の生成過程の一端を明らかにするものである。
 「国語生活」をも対象に含めたのは、「言語生活」とほぼ同義語として使用されていたと判断したからである。
 本発表での対象は以下の大正自由教育の学校の機関誌を取り扱った。大正自由教育を取り扱った理由は、昭和16年以前の「言語生活」の語の使用数で、初期に現れた、多いものであったからである。
1.成城小学校
 古閑停 田中末広 奥野庄太郎
2.奈良女子高等師範学校附属小学校
 山口勲 河野伊三郎 秋田喜三郎 木下竹次

2研究の成果

2.1 「言語生活」の語の使用初期

 現在までの調査では、「言語生活」の語の使用は1912(明治45)年が初期のもである。これは『哲学字彙』(3)に見られ、ドイツ語の Sprachleben の訳語である。しかし Sprachleben の意味は、「ことばが社会構造の変化により、形を変えながら受け継がれ、使われていくこと」(4)の意味であり、「言葉の生命力」と訳した方がふさわしく、いわゆる「言語生活」の意味はない。
 それ以降、「言語生活」の語を使用している文献数は次の通りであり、ほとんどが先に挙げた大正自由教育での文献である。
  年     使用例数
1920(大正 9)年  2
1924(大正13)年  3
1927(昭和 2)年  2
1929(昭和 4)年  3
1930(昭和 5)年  2 (以下略)

2.2 大正自由教育でのキーワード

 「言語生活」の使用例を調査すると、大正後期より「言語生活」をキーワードとして概念を規定しつつあったことがわかる。
 大正自由教育での「言語生活」「国語生活」の概念に込められた意識には、
1.知識重視型の教育方法から経験重視型の教育方法への志向
2.音声言語重視
3.「言語生活」の実態調査への意気込み
などが見られる。知識重視型の教育方法では、言語活動は「読む」「聞く」が中心となる。それに対して経験重視型の教育方法では、「読む」「聞く」「書く」「話す」の言語活動が複合的に行われる。それにより、「言語生活」の概念が生じるものと考えられる。また、実態調査の意気込みがつのるに従って、児童・生徒の言語の使用状況を調査しようとする。それによって、「言語生活」の概念が規定されつつあると考えられる。

2.3 「言語生活」の概念の生成

 本調査の結果から「言語生活」の概念は大正時代より生じたことがわかった。ただ、本調査の文献がそれ以降の文献に引用されていないことからも、大正自由教育での「言語生活」の概念は、後世に影響を及ぼしたものではなかったことがわかる。それにより、当時の国語教育では「言語生活」という語によって示す概念は大方では生じていなかったと考えられる。
 しかし、大正後期より「言語生活」をキーワードとして取り上げられ、以降も戦前期には多くの文献が登場することから、「言語生活」の概念は国語教育の思潮として理論や方法の変化とともに発生しつつあったものと考えられる。「言語生活」の概念が、国語教育の進化に伴って発生し変化しつつあるのならば、「言語生活」は国語教育理論形成の中心の概念となり、国語教育の本質のキーワードとなるものである。

3今後の課題

 本発表は、大正自由教育に限定した。今後はこれ以外での「言語生活」の概念がどのよう国語教育に影響していったかを、キーワードとして調査する予定である。現在の所、以下の調査を順次進行している。
1.昭和戦前期での「言語生活」の概念
2.戦後の学習指導要領での「言語生活」の概念
3.西尾実・時枝誠記・輿水実・柳田国男等の「言語生活」の概念
4.各種批判の視点(益田勝実・伊豆利彦等)
5.国語学での「言語生活」の概念
 そして、これら調査をふまえて、国語教育における「言語生活」の概念を規定し、実践理論を構築するために、以下の研究を最終的な目標としている。
1.国語教育での「言語生活」の構造
2.国語教育での「言語生活」の体系
3.国語教育での「言語生活」の実態

(1)西尾実『国語国文の教育』(1929)
(2)松村明「国語生活の歴史」(『言語生活の理論と教育』1958)
(3)井上哲次郎・元良勇次郎・中島力造『英独仏和 哲学字彙』(1912)
(4)Jacob Grimm "DEUTSCHES WORTERBUCH"(1905)


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